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インド 重要遺産

デリーのフマユーン廟

2021年11月20日

文化遺産
遺産名:
デリーのフマユーン廟
Humayun's Tomb, Delhi
国名:インド
登録年:1993年
登録基準:(ii)(iv)
概要:
フマーユーン廟は、インド共和国の首都デリーにある、ムガル帝国の第2代皇帝フマーユーンの墓廟。インドにおけるイスラーム建築の精華のひとつと評され、その建築スタイルはタージ・マハルにも影響を与えたといわれる。

ムガル帝国第2代皇帝フマーユーン は、1540年、ビハールの地をしたがえたパシュトゥーン人(アフガン人)の将軍でのちにシェール・シャーと名乗るスール族のシェール・ハンに大敗し、これ以降インド北部の君主の座を奪われてペルシアに亡命し、流浪の生活をおくった。やがてイラン(ペルシア)のサファヴィー朝の支援を受け、シェール・シャー死後の1555年にはアーグラとデリーを奪回して北インドの再征服に成功したが、翌1556年に事故死してしまった。

フマーユーン死後の1565年、ペルシア出身の王妃で信仰厚いムスリマであったハミーダ・バーヌー・ベーグム(ハージー・ベーグム)は、亡き夫のためにデリーのヤムナー川のほとりに壮麗な墓廟を建設することを命令した。時代は、アクバル大帝治世の前半にあたっていた。

伝えられるところによれば、ペルシア出身の建築家サイイド・ムハンマド・イブン・ミラーク・ギヤースッディーンとその父ミラーク・ギヤースッディーンの2人の建築家によって9年の歳月を経て完成されたという。その建築は、ムガル帝国の廟建築の原型を示すといわれている。

霊廟周囲の庭園は、ペルシア的なチャハルバーグ(四分庭園)となっており、10ヘクタール以上の広大な敷地を有する。四分庭園とは、四面同等の意匠をもち、4つの区画に分けられた正方形の庭園であり、庭園には水路や園路が格子状に走向して中形ないし小形の正方形をつくり、それぞれの交点には小空間や露壇、池泉などが設けられている。

霊廟は上下の二層構造をとっており、東西南北の四面それぞれは同じ立面(ファサード)をもっている。霊廟の中心には玄室が設けられており、その外側にアーケードをめぐらせた低平な下層(基壇)は、一辺およそ95メートルの矩形をなして高さは約7メートルに達している。その上方に設けられた上層建築は一辺およそ48メートルであり、中央墓室を4つの正方形の墓室が対角上に取り巻くような形状に配置されており、各面に対し、アーチ状の天井をもつイーワーンをひらいている。それぞれのファサード(正面)は、赤色の砂岩に白色の大理石を組み合わせて幾何学的な文様が華やかにデザインされている。ここではまた、象嵌の手法も採り入れられている。

(Wikipediaより)

世界遺産クイズ

デリーのフマユーン廟について、正しいものはどれか

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(Flickrより)

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