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モロッコ 重要遺産

マラケシュの旧市街

2021年11月24日

文化遺産
遺産名:
マラケシュの旧市街
Medina of Marrakesh
国名:モロッコ
登録年:1985年
登録基準:(i)(ii)(iv)(v)
概要:
マラケシュは、モロッコ中央部の都市。ラバトの南西約280kmのアトラス山脈山麓の丘陵地帯、テンシフト川の南岸に位置し、「南の真珠」と呼ばれてきた。カサブランカとラバト、フェズにつぐモロッコ第4の都市である。

マラケシュを都市化したのは、ムラービト朝ユースフ・ブン・ターシュフィン(位1061年~1107年)であった。1071年以来本格的な整備を行い、モスクの建設、灌漑路の整備などを行った。また子のアリー・ブン・ユースフ(位1107年~43年)の時代にもモスクが建設され、1120年にクバ・アル・バディンの霊廟が建設された。クバ・アル・バディンは、もとは、アリー・ブン・ユースフ・モスクの一部をなしていたと思われる。

ムラービト朝時代にはもっとたくさんの建造物が建てられたはずであるが、ほとんどがムワッヒド朝時代に取り壊された。1147年、ムワッヒド朝の君主、アブド=アル=ムーミニーンが建てたクトゥビーヤ・モスクのミナレットは、77mに達し、マラケシュの旧市街の象徴的な建造物である。そのほかムワッヒド朝の君主が宮殿に行く途中に設けられたアーチの周辺に花弁状の文様が同心円状に施されたアグノー門や27の橋脚に支えられたテンシフト橋が架けられた。

無形文化遺産に登録されたジャマ・エル・フナ広場は、まさに野外劇場であり、訪れる人を常に驚かせる。保護され、オリジナルで保存状態の良い構想、常に使用されている建築資材や装飾、自然環境(特にアグダル庭園、メナラ庭園、アルモラヴィッド家の植林とされるパルメラ)により、マラケシュのメディナは文化・自然の両面で初期の要素をすべて持ち、その顕著な普遍価値を証明している。

アグノー門 , Flickr

サアド朝時代には、アフメッド=ル=マンスール王のエル=バディ宮殿が建てられたがアラウィー朝時代にさっそくほとんどが取り壊され、パレード用の広い庭が残されて、毎年、民俗芸能の祭典を行うのに使われている。19世紀に、アラウィー朝の王によって化粧漆喰とアラベスク模様で飾られたバイーヤ宮殿とアグダル庭園が造られた。このような貴重な歴史的建造物の豊富なマラケシュの旧市街地は、1985年に世界遺産に登録された。

登録基準(i): マラケシュには、建築と芸術の傑作が数多く存在する(城壁と巨大な門、クトゥビア・モスク、サーディーン人の墓、バディア宮殿跡、バイア宮殿、メナラ水場とパビリオン)。

登録基準(ii): アルモラヴィーズとアルモハドの首都は、中世の都市開発において決定的な役割を果たした。 メリニド朝の首都フェズ・ジェディド(新市街)は、フェズのメディナの一部として1981年に世界遺産に登録され、マラケシュの初期の都市モデルを適応させたものである。

登録基準(iv)。マラケシュは、モロッコ帝国の名前の由来となった、西地中海の主要なイスラムの首都の完成例である。

登録基準(v): 700ヘクタールのメディナでは、人口動態の変化により脆弱化した古代の居住地が、入り組んだ小道、家屋、スーク、フォンドゥーク、職人活動、伝統的取引など、生きた歴史都市の優れた例として示されている。

(Wikipediaより)

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