スペイン 世界遺産100選 検定2級 検定3級 重要遺産

グラナダのアルハンブラ宮殿

2021年3月17日

文化遺産
資産名:
グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン地区
Alhambra, Generalife and Albayzín, Granada
国名:スペイン
登録年:1984年 / 1994年範囲拡大
登録基準: (i) (iii) (iv)
概要:
グラナダはナスル朝の首都であった。ナスル朝はイベリア半島で最後まで残存したイスラーム勢力である。レコンキスタでイスラーム勢力が衰えていく中でマリーン朝がイベリア半島から撤退し、これによりイスラーム教徒がグラナダに流れ込んだ。その中にはイスラームの高度な技術を持った職人もいた。当時のナスル王、ムハンマド5世がこれらの技術者を保護したことによりグラナダに世界を代表する高度なイスラーム文化が花開くことになった。アルハンブラ宮殿ヘネラリーフェ離宮アルバイシン地区はスペイン南部のグラナダにあり、中世イスラム建築の最高傑作といわれている。宮殿はパティオと呼ばれる中庭を中心として造られており、アラベスク文様の柱や美しい池や噴水が幻想的な景観を造り出している。

なお、グラナダはスペイン語でザクロを意味する言葉なので、ザクロは市のシンボルとなり、市中にザクロの彫刻がある。市旗・市章にもザクロの果実が描かれる。スペインの国章の下部のザクロも過去にあったグラナダ王国を表す。

(Wikipediaより)

View,Of,The,Generalife,Courtyard,,With,Its,Famous,Fountain,And
July,1,,2014.,Moorish,Architecture,Of,The,Court,Of,The
alhambra-517149_1920
alhambra-179171_1920
spain-4522800_1920
288379269_e22a44229f_h
112968321_969eb65423_c
112968319_92f371343c_c
6696403399_f6ba5c9448_c
previous arrow
next arrow
Shadow

歴史

1232年、アンダルスの支配者の一人、ムハンマド・イブン・ユースフ・イブン・ナスル(アル・アフマル)は王を名乗り、1238年にグラナダに王国(ナスル朝)を建国した(ムハンマド1世)。1246年、ムハンマド1世はフェルナンド3世と条約を結び、カスティーリャに臣従して貢納する代わりに、グラナダ、マラガ、アルメリアを保有することを許された。

ナスル朝グラナダ王国は、イベリア半島における最後のイスラム王朝として約250年間存続し、経済・文化が繁栄したアルハンブラ宮殿は、ナスル朝時代に建てられたもので、イスラム建築の傑作と評価される。しかし、15世紀末にカスティーリャ王国とアラゴン王国が連合王国となると、ナスル朝支配地への征服が始まり、1492年1月2日にグラナダが降伏してナスル朝は滅亡した。

他宗教にも寛大であったナスル朝のグラナダには、当時キリスト教世界で弾圧されていたユダヤ人も多く存在していた。しかし、レコンキスタ完了後は、キリスト教徒によるユダヤ人の虐殺が行われ(スペイン異端審問)、多くのユダヤ人がイベリア半島から去った。そうしたユダヤ人は、オスマン帝国などで保護され、経済発展を支える一勢力になる。

主な構成資産

アルハンブラ宮殿

アルハンブラ宮殿(Palacio de la Alhambra)はグラナダのイスラーム建築の傑作とされる。その美しさから「イスラーム建築の華」とよばれることもある。特に「二姉妹の間」の天井の鍾乳石はその緻密さから、「蜂の巣」と呼ばれ世界最高の建築とたたえられることもある。

宮殿と呼ばれているが城塞の性質も備えており、その中に住宅、官庁、軍隊、厩舎、モスク、学校、浴場、墓地、庭園といった様々な施設を備えていた。現代に残る大部分は、イベリア半島最後のイスラム王朝・ナスル朝の時代の建築とされ、初代ムハンマド1世が建築に着手し、その後のムスリム政権下で増築された。スルタン(王)の居所であるとともに、数千人が居住する城塞都市でもあった。

夏場非常に暑いと言われるグラナダの中でもとても涼しい場所に位置し、ウマの背のような形をした緑多い丘に立地する。14世紀の学者アフマド・アル・ウマリーの地理書によると、スルタンは月曜と木曜にアルハンブラのある丘の上で、人民に対し、コーランの10章とムハンマドの言行録の一部を朗読したとされる。

建築の材料には、レンガ、木材、練土などのもろいものが多く、彫刻を施した石材などは最低限しか使用されていない。アルハンブラ宮殿の中心は、いくつかの建造物に囲まれた中庭(パティオ)におかれ、他のイスラーム建築の例に倣っている。

建物は白を基調としているが、アルハンブラとはアラビア語で「赤い城塞」を意味するアル=カルア・アル=ハムラー (القلعة الحمراء, al-qal‘ah al-ḥamrā') と呼ばれていたものが、スペイン語において転訛したものである。この名称の由来については、城塞周辺の土地の土壌が赤いため、あるいは建築に使われた煉瓦の色であるとか、宮殿が赤い漆喰で覆われていたからなど諸説ある。

アルハンブラ宮殿が大きく拡張されたのは、このレコンキスタが進展した時期であり、グラナダを首都としたナスル朝(1238年 - 1492年)の時代に入ってからである。メディナ出身のデアル・アフマド家の血を引くムハンマド1世、およびその息子のムハンマド2世が60年も歳月をかけ、水道を設置し、アルカサーバの拡張工事を行い、宮殿を造った。その後も歳月と共に建物や塔が建築されていったが、大きな変貌を遂げるのは、ナスル朝の黄金時代を築いたユースフ1世とその息子のムハンマド5世の時代である。ユースフ1世時代には、城廊では、マチューカの塔、コマレスの塔、正義の門、スィエテ・スエーロスの門、宮殿ではコマレス宮を中心とする建物が造られた。ムハンマド5世の時代には、城廊では、ぶどう酒の門(城廊のなかでは唯一アラベスク模様の装飾がある)、宮殿ではライオンの中庭を中心とする建物が造られた。ライオンの中庭は、長さ28メートル、幅16メートルで、庭を囲む4つの建物には124本の大理石円柱が立ち並んでいる。中庭の東側にある諸王の間には、10人のアラブ人貴族を描いた絵画がある。これは、初代のムハンマド1世から十代のアブー・サイードまでのナスル朝スルタンであるという説と、重臣が法廷を開いている場面であるという説があり、後者の説に基づき、「裁きの広間」とも呼ばれている。

アルハンブラ宮殿 ライオンの中庭(Flickr)

ヘネラリーフェ離宮

ヘネラリフェは、アルハンブラ宮殿の北、チノス坂をはさんだ北側の太陽の丘に位置する。ナスル朝時代の夏の別荘であった。14世紀頃に造営された。別荘内のアセキアの中庭(Patio de la Acequia)は細長い池を囲むように花壇、噴水、柱廊が設けられている。アセキアの中庭は、アンダルシア地方におけるイスラーム建築において、もっとも保存の状態が良いものの1つである。

ヘネラリーフェ離宮 (Flikcr)

アルバイシン地区

アルバイシン(Albaicín)とは、スペイン・グラナダにある丘陵の地区。中世ムーア人の統治時代の建築様式を残す一角である。アルバイシンは、ダーロ川を挟んで、アルハンブラ宮殿の西側に位置する。アルバイシンは白壁の家と石畳で構成されており、この地区には、アラブ式の浴場(ハンマーム)、グラナダ考古学博物館、モスクのあとに建設されたサン・サルバドール教会が残る。キリスト教徒にバエーサを追われたアラブ人がこの地に定住したことが、アルバイシンという名前の由来の一つになっている。

(Wikipediaより)

アルバイシン地区 (Flickr)

世界遺産クイズ

世界遺産検定クイズ

グラナダのアルハンブラ宮殿の説明として、正しくないものはどれか。

関連動画へのリンク

旅するように学ぶ世界遺産『グラナダのアルハンブラ宮殿』

Granada, Spain: The Exquisite Alhambra

Juan Diego Florez sings Granada

Granada, tierra soñada por mí
Mi cantar se vuelve gitano cuando es para ti
Mi cantar hecho de fantasía
Mi cantar, flor de melancolía
Que hoy te vengo a dar

Granada tierra ensangrentada en tardes de toros
Mujer que conserva el embrujo de los ojos moros
De sueño rebelde y gitana cubierta de flores
Y beso tu boca de grana, jugosa manzana
Que me habla de amores

Granada manola cantada en coplas preciosas
No tengo otra cosa que darte que un ramo de rosas

De rosas de suave fragancia
Que le dieron marco a la Virgen Morena

Granada tu tierra está llena de linda mujeres
De sangre y de sol

De rosas de suave fragancia
Que le dieron marco a la Virgen Morena

Granada tu tierra está llena de linda mujeres
De sangre y de sol

夢の国、グラナダ
あなたのために歌うと私の歌はジプシーになる
ファンタジーで作られた私の歌
私の歌、メランコリーの花
今日、私はあなたに与えるために来ました。

グラナダ、闘牛の午後に血塗られた土地
ムーア人の目の呪縛を守る女
花で覆われた反抗的でジプシーな夢の
緋色のジューシーなリンゴの口にキスをして
それは私に愛を語っている

グラナダのマノーラが貴重な連作で歌われる
薔薇の花束以外にあげるものがないので

柔らかな香りの薔薇の花
それがVirgen Morenaのフレームになりました。

グラナダ あなたの国には美しい女性がたくさんいます
血と太陽の

柔らかな香りの薔薇の花
それはVirgen Morenaにフレームを与えました。

グラナダ あなたの国には美しい女性がたくさんいます
血と太陽の

Flamenco dance in Granada

-スペイン, 世界遺産100選, 検定2級, 検定3級, 重要遺産
-