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ポルトガル 検定1級

エヴォラの歴史地区

2021年11月3日

文化遺産
遺産名:
エヴォラの歴史地区
Historic Centre of Évora
国名:ポルトガル
登録年:1986年
登録基準:(ii)(iv)
概要:
エヴォラ(Évora)は、ポルトガル南東部アレンテージョ地方エヴォラ県にある町である。ポルトガルの首都リスボンより東に約130kmの所に位置している。

紀元前57年、エヴォラは共和政ローマの支配下に入った。これ以降エヴォラは二重の城壁を持った町へ発展を遂げた。ガイウス・ユリウス・カエサルはエヴォラの町を"Liberalitas Julia"(肥沃なるジュリア)と呼んだ。町の成長はエヴォラが交易路の交差点であったことからも続き、ガリアやルシタニアを旅行した博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(大プリニウス)はエヴォラを訪問し、著書『博物誌』に"Ebora Cerealis"として記述した。その記述によると、当時のエヴォラは周囲を小麦畑で囲まれていたことが分かる。また、エヴォラの繁栄はこの当時に多く発行されたコインでも明らかである。町の中心部にはコリント様式のディアナ神殿が建立され、ローマ初代皇帝アウグストゥスが祀られた。

1165年9月、エヴォラは「恐れ知らず」のジェラルドの攻撃によってムーア人の手から奪われ、翌年にアフォンソ1世の統治下に入った。その後、15世紀にかけてポルトガルは経済的繁栄を築くが、ブルゴーニュ王朝・アヴィス王朝の時代を通して国王はエヴォラに滞在することが多く、邸宅や記念碑、宗教的建築物が建設された。王族の結婚式が行われ、この地で重要な決定もしばしば行われた。

(Wikipediaより)

世界遺産クイズ

エヴォラの歴史地区について、正しいものはどれか

主な構成資産

世界遺産登録範囲には以下のような歴史的建造物が含まれる。

エヴォラ大聖堂 - 1280年から1340年の間に主に建設されたエヴォラの誇る大聖堂。1335年頃に作られた使徒の像を伴った入り口と美しい教会堂の身廊と回廊を持つ。(十字形教会堂の左右の)翼廊のチャペルの1つは、マヌエル様式であり、メイン・チャペルは、バロック様式である。また、パイプオルガンと聖歌隊用の部屋はルネサンス様式である。
サン・フランシスコ教会 - 15世紀の終わりから16世紀の初めにかけて建設されたゴシック様式とマヌエル様式が混合した建築物である。長い身廊は、ゴシック建築末期の傑作である。多くの礼拝堂がバロック様式で装飾されている。隣接する人骨堂は、16世紀にフランシスコ会の修道士によって造られた瞑想の場で、壁面が5000体もの人骨で埋め尽くされている。
マヌエル王宮 - マヌエル1世によって建てられた邸宅。ゴシック様式とルネサンス様式が融合した建物であり、ヴァスコ・ダ・ガマがここでインドへの航海を任命されたと伝えられている。
エヴォラ大学 - 1559年に建設されたイエズス会の神学校を起源とする。16世紀のマニエリスムの教会と17世紀から18世紀にかけて建設された巨大な回廊がある。
ローマ神殿 - 1世紀にローマ皇帝アウグストゥスを祀るために作られた神殿。女神ディアナを祀ったものであるとの俗説から、ディアナ神殿とも呼ばれる。
カダヴァル公爵邸 - 14世紀に出来た建築物で、17世紀にファサードは改装されている。
ロイオス教会 - ディアナ神殿の隣にある15世紀に建築された教会。教会と回廊はゴシック様式を採用し、内壁はアズレージョと呼ばれるタイルワークで飾られている。
ヴァスコ・ダ・ガマ邸宅(Casas Pintadas de Vasco da Gama) - 1519年から1524年の5年間、ヴァスコ・ダ・ガマは、エヴォラに滞在していた。マヌエル様式の回廊とルネサンス様式の絵画が現存している。

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