文化遺産
遺産名:
バガン
Bagan
国名:ミャンマー
登録年:2019年
登録基準:(iii)(iv)(vi)
概要:
バガンは、ミャンマー・マンダレー地方域にある地名で、以前の表記はパガン。カンボジアのアンコール・ワット、インドネシアのボロブドゥールとともに、世界三大仏教遺跡のひとつと称され、イラワジ川中流域の東岸の平野部一帯に、大小さまざまな仏教遺跡が林立している。バガンとは、広くこの遺跡群の存在する地域を指し、ミャンマー屈指の仏教聖地である。その一部の城壁に囲まれたオールドバガンは、考古学保護区に指定されている。点在するパゴダや寺院のほとんどは11世紀から13世紀に建てられたもので、大きいものや小さいものがある。本来は漆喰により仕上げられた鮮やかな白色をしているが、管理者のない仏塔は漆喰が剥がれレンガの赤茶色の外観となる。仏塔の数は、3000を超えるといわれている。
建造物の大多数は、西暦1000年代から1200年代に建てられたもので、当時のバガンは、最初のビルマ統一王朝であるパガン朝の都であった。西暦874年に、Pyinbya王が都をパガンに移した後に、主要な都市となった。しかし、それぞれの治世ごとに遷都することがビルマの慣習であったため、アノーヤター王の時代まで都は再び放棄されることとなった。
ミャンマー政府は1997年にバガンをユネスコの世界遺産に推薦したが失敗に終わった。これは、国家平和発展評議会 (SPDC) が、近代的な建材を使用して修復したため(真正性の奈良文書による文化資材の真正性および復元に際して極力現地に残された原材料を用いることを推奨するヴェネツィア憲章におけるアナスタイローシスの欠如)と、さらに軍事政権がゴルフコースや南西のMinnanthu近郊には高さ61mの展望台を建てたためと言われている。
登録基準(iii)。バガンは、功徳を積むという仏教文化の伝統と、地方帝国の首都であった11世紀から13世紀にかけてのバガン文明の絶頂期を示す、例外的かつ継続的な証である。
登録基準(iv)。バガンは、初期の主要な仏教帝国の宗教的帰依の強さを反映した、仏教記念碑的建築の並外れたアンサンブルを含んでいる。アジア全域で見られる仏教建築と芸術の豊かな表現と伝統の中で、バガンは際立って優れている。
登録基準(vi): バガンは、仏教の信仰と功徳の伝統が生きている例外的な例であり、現存する極めて多くの仏塔、寺院、僧院を通じて表現され、継続的な宗教的伝統と活動によって支えられている。功徳の実践の証拠は多くの仏教遺跡や地域に見られるが、バガン時代に確立された影響、表現の規模と多様性、継続する伝統がバガンを例外的なものにしている。
(Wikipedia、世界遺産センターHPより)